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散策レポート①〜八幡山古墳〜

まず最初は、ミールズの窓からも見える八幡山古墳。

太田市のホームページにはこうあります。

〜以下引用〜

八幡山(はちまんやま)古墳は、太田駅の北西約1.4km、金山丘陵南の独立支丘の1つである八幡山(標高78.5m)の山頂部を利用して造られた、長さ約80mの前方後円墳です。

造られた時期は4世紀末と推定され、太田付近に古墳文化がもたらされた時期に現れた初期古墳の典型です。

山頂を利用した初期前方後円墳としては規模が大型です。古墳時代に、この地方を開拓した首長層の墓と推定されます。後円部上には大島八幡神社が造られています。

〜引用終わり〜

山を利用して作られた前方後円墳ということです。太田市には本当に古墳が多いですよね。古墳をめぐるだけでも何年も楽しめそうです。

そんな方々に向けて、太田市の教育委員会では古墳のパンフレットまで作っています。

ミールズの側(北東側)から登ると、八幡山古墳とかかれた石碑があります。新しいです。

今は(3月5日)、梅が綺麗に咲いています。日に日に暖かくなっていくこの季節が大好きです。

山頂には八幡宮の社殿があります。毎年、春と秋に新田神社の青木宮司により例祭が執り行われています。ミールズのスタッフも参列したことがありますよ。

山頂には木のベンチもありますが少し痛んでますね。

山頂から北に望むと、急傾斜があります。何か工事をしていますね。

ここはかつて石切場だったということです。

石切場というと薮塚の石切場の方がスケールも雰囲気も抜群ですが、かつてここで切り出された石も金山(かなやま)石と呼ばれて、建物の基礎や土木工事に使われていたそうです。

なお、ミールズの建物は、かつての「石切庵」。

太田市内ではファンの多かった老舗のお蕎麦やさんで、私も小さい時から祖父に連れられてよく来ました。

もちろん、石切庵の名前の由来は八幡山が石切場だったことから。

切り立った崖のどの部分でいつ頃からいつ頃まで石を切り出していたのか、ぜひ調べてみようと思います。分かったら報告しますね。

太田市の案内板は、平成27年に新しくしたようです。文章は以前のものとほとんど変わりませんね。

八幡山の北側には、大島町一区の集会所とその裏に広場があります。夏の納涼祭はここで行われています。

山頂の南側が前方後円墳の「前方」だと思われます。

石段が続き、朝のお散歩にはもってこいの感じです。健康は足腰からですね(笑)

南の石段を降りて東側に回り込むと、抜け道が。その抜け道を進むと、ミールズが見えてきます。

この日は週末で、タイ料理のノボリが立っていました。

八幡山をぐるっと回り、ミールズでコーヒーを飲みながら一休み、なんていう週末のお散歩コースはいかがでしょうか。

八幡山古墳

〒373-0055 群馬県太田市大島町1129

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